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中ノ河王子(なかのかわおうじ)は、継桜王子のある野中集落を出て、高尾隧道口を過ぎてまもなく、国道の側方の山中にある。旧址には、紀州藩の緑泥片岩碑があるばかりある。『中右記』には「仲野川王子」の名で既に登場しており、設立が古いことがわかる。『愚記』10月14日条に「中の河」なる王子の名が挙げられており、『承元参詣記』から後の時代は「中川」の表記が定着する。
他方で荒廃も早く、『道中記』には社がないと述べられている。1723年(享保8年)には紀州藩が緑泥片岩の碑を建てたが、明治末年には、碑だけしかないことから金毘羅神社(現・近野神社)に合祀された。
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