西国三十三ヵ所”青岸渡寺”

青岸渡寺(せいがんとじ)は、和歌山県東牟婁郡那智勝浦町にある天台宗の寺院。西国三十三箇所第一番札所。山号は那智山。本尊は如意輪観世音菩薩。「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部として世界遺産にも登録されている。

熊野古道案内
”リンク集”

TOP

熊野三山

熊野本宮大社詳細
熊野那智大社詳細
熊野速玉大社詳細

以上の三社を合わせて熊野三山といいます。

紀州MAP那智勝浦

高野山

高野山は和歌山県伊都郡、紀ノ川の南方、海抜100メートルの山上にある。空海(弘法大師)の開いた真言密教の聖地

高野山詳細

紀伊路

紀伊路から田辺で山の中を分け入る中辺路と海辺を通る大辺路があります。

中辺路

平安時代からの熊野古道のメインルート

中辺路王子社詳細

メインルートの中辺路は平安時代からの王子社や跡地がいっぱい

大辺路

 海辺を通る風光明媚な古道

伊勢路

 伊勢路は京都から伊賀越えや鈴鹿を越え長島に到り海岸線を通り伊勢から本宮大社に向かい進むコース。

伊勢路詳細

コース案内

本宮大社周辺

 お気軽に楽しめる熊野古道の聖地、本宮大社周辺のコース案内

那智大社周辺

熊野古道のたびもいよいよフィナーレを飾る那智大社周辺のコース案内

その他

熊野古道の旅

電車・バス交通案内

熊野古道の旅の記念にお使いください

熊野古道管理人へのメール

青岸渡寺の歴史

 
 熊野三山の信仰が都の皇族・貴族に広まったのは平安時代中期以降であり、青岸渡寺および隣接する熊野那智大社についても創建の時期等については判然としない。伝承では仁徳天皇の時代(4世紀)、天竺(インド)から渡来した裸形上人による開基とされ、同上人が那智滝の滝壺で得た金製の如意輪観音を本尊として安置したという。後に推古天皇の時代(6世紀末 - 7世紀初)に生仏聖(しょうぶつひじり)が伽藍を建立し、丈六の本尊を安置して、その胎内に裸形上人感得の如意輪観音を納めたという。以上はあくまでも伝承であるが、那智滝を中心とする自然信仰の場として早くから開けていたと思われる。

近世までは隣接する熊野那智大社とともに神仏習合の修験道場であり、「如意輪堂」と称された。

明治時代に神仏習合が廃されたとき、熊野三山の他の2つ、熊野本宮大社、熊野速玉大社では仏堂は全て廃されたが、熊野那智大社では如意輪堂が破却を免れ、のちに信者の手で青岸渡寺として復興した。

(参考 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

那智熊野大社のすぐ横にある那智山青岸渡寺は西国第一番の札所として名高い古刹。
六十五代花山法皇が三年間山中に参籠され那智山を一番にして近畿各地の三十三観音様したことから一番札所となる。
縁起開基は仁徳天皇の頃と伝えられる。那智の浜辺に流れ着いた印度天竺の僧、裸行(らぎょう)上人が那智大滝で修行を積んでいたところ、滝壷で観音菩薩を発見し、ここに草庵を営んで安置したのが那智山青岸渡寺の始まりといわれる。
現在の本堂は、織田信長南征の焼き討ちに遭い、天正18年(1590)豊臣秀吉によって再建されたもの。さらに、大正13年に修繕作業もなされた。
 
 青岸渡寺横には那智の大滝と朱塗りが美しい三重塔を一度に見ることができる景勝スポットがある。緑深い山々に生える朱塗りの三重塔と遠くから見ると一筋の水のように見える大滝のコントラストが美しい。

三重塔の下まで歩いていくとまた違った角度で那智の大滝を見ることが出来る。
那智山青岸渡寺から下りの道で、徒歩5分でたどりつく。パンフレットなどでよく使われる写真はここから撮影したものだろう。
 三重塔からさらに下ると那智の大滝の滝壺に行くこともできる。
※那智山青岸渡寺横から本宮大社への古道、大雲取小雲取越えが始まる。

青岸渡寺へのアクセス

電車


大阪方面より→紀伊勝浦駅下車
JRきのくに線新宮行き・特急オーシャンアロー号・スーパーくろしお号で京都から約3時間50分 新大阪から3時間20分、大阪天王寺から約3時間


名古屋方面→紀伊勝浦駅下車
JR紀勢本線・名古屋駅から特急ワイドビュー南紀号で約3時間

※紀伊勝浦駅より熊野交通バスで「神社お寺前駐車場」30分。
タクシーで20分。

自動車


京阪方面から
名阪国道を利用・R24号線・R168号・R169号を南下、R42号線で那智勝浦へ
阪和・海南湯浅・湯浅御坊道路・阪和で南紀田辺I.CからR42号を那智勝浦へ

名古屋方面から
東名阪・伊勢自動車道で大宮大台からR42号で那智勝浦へ