闘鶏神社

田辺祭り

「田辺祭」は、450年余の歴史をもつ、毎年7月24日・25日に行われる闘けい神社の例祭で、街をあげての賑わいとなります。>田辺祭の由来

この祭は、旧城下の各商人町から8基の「おかさ」と言われる、京都の祇園祭のような笠鉾が町中を練り歩く、田辺を代表する紀南地方最大の祭礼です。 >「笠鉾」について

2日間にわたって繰り広げられる祭は見どころいっぱい。>祭のみどころ
( 参照 http://www.tanabe-kanko.jp/event/tanabematuri/)

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以上の三社を合わせて熊野三山といいます。

高野山

高野山は和歌山県伊都郡、紀ノ川の南方、海抜100メートルの山上にある。空海(弘法大師)の開いた真言密教の聖地

高野山詳細

紀伊路

紀伊路から田辺で山の中を分け入る中辺路と海辺を通る大辺路があります。

中辺路

平安時代からの熊野古道のメインルート

中辺路王子社詳細

メインルートの中辺路は平安時代からの王子社や跡地がいっぱい

大辺路

 海辺を通る風光明媚な古道

伊勢路

 伊勢路は京都から伊賀越えや鈴鹿を越え長島に到り海岸線を通り伊勢から本宮大社に向かい進むコース。

伊勢路詳細

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闘?神社(とうけいじんじゃ)は、和歌山県田辺市にある神社である。旧称は田辺宮、新熊野。通称 権現さん。

 

闘鶏神社の歴史

 允恭天皇8年9月、熊野権現(現在の熊野本宮大社)を勧請し、田辺宮と称したのに始まる。白河法皇の時代に熊野三所権現を勧請した。平安時代末期の熊野別当湛快のときにさらに天照皇大神以下十一神を勧請して新熊野権現と称し、湛快の子の湛増が田辺別当となった。弁慶は湛増の子と伝えられ、その子孫を名乗る大福院から寄進された弁慶の産湯の釜が当社に残る。

 田辺は熊野街道の大辺路・中辺路(熊野古道)の分岐点であることから、皇族や貴族の熊野参詣の際は当社に参蘢し、心願成就を祈願した。熊野三山の全ての祭神を祀る熊野の別宮的な存在であり、当社に参詣して三山を遥拝して山中の熊野まで行かずに引き返す人々もいた。

 『平家物語』などによれば、源平合戦の時、湛増は社地の鶏を紅白二色に分けて闘わせ、白の鶏が勝ったことから源氏に味方することを決め、熊野水軍を率いて壇ノ浦へ出陣したという。このことから「闘鶏権現」と呼ばれるようになり、明治の神仏分離の際に闘鶏神社を正式な社名とした

歴史

西御殿 速玉之男命・事解之男神
本殿 伊邪那美命
上御殿 伊邪那岐命・天照皇大神・宇賀御魂命
中御殿 瓊々杵尊命・鵜草葺不合命・火々出見尊・天之忍穂耳命
下御殿 火産霊命・弥都波能売命・稚産霊命・埴山比売命
八百萬殿 手力男命・八百万神

(参考 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)